「生きて帰ってくる」
2021年9月30日、そう妻に伝え家を出た。
登山道がない山やバリエーションルートを攻める時に毎回自分に誓い伝えていること。
巨木探しにのめり込んでも命を落としてはそれで終わり、生きて帰ると言い聞かせ望むようにしている。
巨木探しは、山に入ることは登山と同じでも大きく目的が違う。
登山が山頂を目指すのに対して、やっていることは目的地に巨木があるかどうかもわからない探検のようなもの。苦労して山の中を探しまわり巨木を発見できないこともよくある。登る山と書いて登山なら、巨木探しは探す山で「探山」と言えるだろうか。ニッチな巨木探しを深山と呼ぼうが何と呼ぼうが浸透する程ではないからどうでもいいことだろう。
一般的に登山道は、草木が取り除かれ歩きやすく整備された道。枕木や石が敷かれ山頂に登る道や山と山をつなぐ道。
昼ごはん何にしようかと別ごとを考えていても初級・中級者レベルの山なら何てことなく目的地の山頂についてしまう。足の疲れや呼吸の乱れはあれど案内板や目印がありルートを間違えて遭難者がでないように進入禁止のロープなども整備されている安心のルート。
上級者ルートや雪山となると危険性は格段に上がり、体力や技術が必要となってくる。
本気の巨木探しは登山上級レベルと近い厳しさがあるかもしれないが、私はたまに登山をする中級者レベルと自覚している。登山道を一部使う時もあるが、最初から藪をかき分け入るということも多く結構キツイ。ヘビースモーカーなのですぐに息も上がる。本音はキツイ思いはしたくないし「二度とこの山に来るもんか!」と思い下山しても、数カ月後にはその決意空しくその山に巨木を探しに向かっている自分がいる。
巨木探しに行くと山深いこともあり結構な確率で携帯の電波がない。人がいない山や谷にお金をかけアンテナを設置しても需要が限りなく少ないので至極当然のことと言える。
携帯の電波がない山や地域に単独で入る時は緊張感がまるで違う。登山道など無い深い森の中、万が一滑落しようものなら助けはこないし呼べない。骨折したとしても自力で麓まで下りないといけない。2人以上のパーティーが組めればリスクは軽減されるが、巨木探しに藪を漕ぐといったキツイだけのように感じる趣味を到底理解できる人も付き合う人もそうそういない。
度々訪れる富山の山は熊が頻繁に出るし話も耳に入る。麓の駐車場には何月何日熊が出没しましたとリアルに書いて貼ってある。あたりまえだがそんな山は数時間でもリスクは高く、数日となると怪我や事故のリスクは跳ね上がる。ただそういった山にこそ、人が入っていないので巨木はひっそり隠れている可能性が高くそそられてしまう。
人間の五感というのは実にすごいもので集中していると視覚・聴覚・嗅覚だけではなく肌感覚で獣の気配を感じることができる。単なる恐怖とは違い山全体から獣の気配がわかる感覚は何も私だけが持ち合わせた特別な感覚ではなく登山家・冒険家はわかるのではないかと想像している。山に入ったとたん危ないと感じる山にはホカホカのドデカイ糞や木に新鮮な大きな爪痕が見られることが多く、「これはまずい」と感じれば足早に山を下りることもある。
今回の屋久島の巨木捜しはいつもと違う緊張感があった。屋久島には危険な獣は生息せず平和な猿と癒される鹿が大半で蛇もいるにはいるが非常に少ない。複数で行動する野犬には出会ったことはあるが、極々一部である。では何の緊張感かというと予行練習で行った富山の山で滑落し大事故につながる一歩手前で助かったという経験が脳裏をよぎり一種のトラウマのようなものになっていたからだ。
他にも一年前に骨折した足首の動きが芳しくなく可動範囲も狭い。足場が悪いと挫いたり転倒することもある。骨折時は友人がいたので無事に帰ることができたが、もし一人だったらと考えると恐怖心は膨れ上がる一方だ。今の自分のメンタルやフィジカルで屋久島に通用するのか?とトレーニングやストレッチをしてもやはり不安は簡単には消し去ることはできなかった。
会社のスタッフに「屋久島で巨木を探してくる」と伝え、休暇を3~4週間程取った。「気を付けて行ってきてください。」と送り出してくれるスタッフ。ほんと恵まれている環境だ。
体調と天候を見ながら何度も麓と山をピストンする計画。雨が降れば巨木探しは中断すると決めていた。屋久島は花崗岩(かこうがん)の山々で岩や苔が多くただでさえ湿気で滑りやすい。雨が降れば更に足元は滑りやすく滑落や捻挫や骨折の可能性も一気に跳ね上がるからだ。テントや麓で待機という時間を想定して余裕をもって長めに休みを取っていた。
屋久島は非常に天候が変わりやすく雨が多い。1カ月のうち32日雨が降るといった表現があるほどよく降る。自称晴れ男と断言しているが、3週間ずっと晴れなどということは屋久島ではありえない訳だ。
そんな屋久島の旅に友人隆通(たかみち)が同行したいという。といっても、一緒に行くが巨木探しには同行せず麓に降りてきたときに一緒に遊ぼうというのり。まぁそれもおもしろそうだと二人で友人が営む宿ヒュッテを旅のスタート地点とし冒険は始まった。
屋久島冒険記 七尋杉を捜して へ続く