久志観音堂のガジュマル 詳細
読み方:くしかんのんどうのがじゅまる |
指定区分:なし |
学名:Ficus microcarpa |
樹齢:不明 |
樹高:不明 |
幹周:不明 |
施設:駐車場 |
住所:沖縄県名護市久志 |
難易度:★★☆☆☆ |
樹勢 :★★★★☆ |
撮影日:2023年11月12日 |
観音堂を囲むようにガジュマルが生えている。
早朝に訪れましたが、日が昇っても薄暗く独特の雰囲気を醸し出していた。
幹周のデータはあてにならないので不明とさせていただきました。
案内板には以下のように書かれていました。
久志の観音堂
市指定文化財《有形民俗文化財》 昭和六十二年七月十五日指定
久志の観音堂が設置されたのは、一六八八年のことです。そのことについて、琉球王府の歴史書である『球陽』に「尚経(豊見城王子朝良)と顧思敬(久志親方助豊)が、久志間切の総地頭のとき、観音様の石像をもらい受け、それをおさめるお堂を久志の村に建て、それ以降、村の人々は舞一日、十五日、十八日、二十三日にそこを拝むようになった」 と書かれています。 地元では、この観音堂のことを「ティラ」、観音石像のことを「ティラ ヌタンメー」と呼び親しんでいます。特に旧暦の一月三日、一月十八日、九月十八日、十二月二十四日には、久志区をあげて観音堂を拝み、地域 の繁栄と住民の健康を祈ります。その他に、旅に出る時の安全祈願や子供の誕生、合格祈願、区民が亡くなったときに行う「ヌギファ(魂が 残らないように祈ること)」のときにも拝まれています。近年は、区外からの参拝者も多く訪れるようになりました。
現在のお堂は、昭和四十八年(一九七三年)に修復されたもので建材には主にチャーギ(イヌマキ)が使用されています。この観音堂の建つところを、地元では「アタイ」と呼び、その近くに久志の「古島」があったと伝えられています。
平成三十一年(二〇一九年)三月 久志区 名護市教育委員会
許可なしに、文化財の現状を変更したり、保存に影響を およぼす行為は、法律および条令で禁じられています。
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